(原著論文)
大小に関する曖昧な概念と表象を用いた比較判断について

要 旨:1つの物に対してそれを大小判断するのに用いる概念を大小に関する「曖昧な概念」、物の大きさを想像して大小比較することを「表象を用いた大小比較判断」と称し、3〜5歳の健常幼児と知的・発達障害児を対象に発達的視点から検討した。その結果、健常幼児の曖昧な概念の獲得はU字型に推移すること、表象を用いた比較判断は加齢に従って獲得されることが分かった。また、知的・発達障害児に関しても、健常幼児よりも遅れはみられるが同様の推移をすることが分かった。加えて、曖昧な概念や表象を用いた比較判断の獲得やそのパフォーマンスには、障害種別ではなく頑固さやこだわり、思考の固さ、不安が強い、過敏であるなどの個別の特性の強さが影響することが分かった。

キーワード:曖昧な概念,比較判断,知的・発達障害

I.はじめに
  実際の生活場面では必ずしも比較するものが眼前にあるわけではなく、言われたものをイメージしながら大小比較をすることも少なくない。このようにイメージをしながら比較することを、「表象を用いた大小比較判断」とする。
  また、大きさの概念は、同じ物でも比較対象によっては「大きい」とされたり「小さい」とされたり、可変的に用いられる。だが、私たちがゾウを見て「大きい」というように、比較対象が無い場合でも大小に関する自分なりの枠組みをもって大きさの概念を使用していることも少なくない。このように、2つの物に対してどちらが大きいかの判断を行う比較判断に対して、1つの物に対してそれが大きいか小さいかの判断をするのに用いる概念を大小に関する「曖昧な概念」と本研究では称した。
  以上の2つは、同時に2つ以上の処理や柔軟な思考の切り替え、つまり認知機能の柔軟性が求められる。
  
  これまでに、幼児の言語獲得の発達に関する研究は数多く試みられてきた。
  健常幼児の大小概念の発達は、まず「大きい」「小さい」という言葉自体を獲得する(知る)ことから始まる。大久保(1967)10)などに代表される縦断的研究により、様々な空間的な量を表す語を初めて発語した時期(初出時期)が明らかにされている《“大きい”2歳前半、“小さい”1歳》。しかしこれは名義的単語・指示用語としての使用であり、比較用語として使用できるようになるのは、もう少し後のことである。また、そこで「大きい」は「高い」や「長い」などの他の形容詞よりも早期に獲得されることが明らかにされており、この時期には、車を見ても大きいと言うなど、いろんなものに大きいという、意味の拡張・取り違いが起こるとされている。
  そして、子どもは「大きい」「小さい」という言葉がさす意味をだんだん理解し、比較判断概念を獲得していく。比較判断とは、他のものとの関連で何かを判断することをいい、大小の比較判断は、2つの物を比べどちらが「大きい」か、どちらが「小さい」か、を判断することと定義する。同じ対象に対して「大きい」と「小さい」の両方のラベルをつけること、つまり比較用語として「大きい」「小さい」という言葉を使用できるのは、4歳では可能であるが、2歳では不可能であることが、Sera&Smith(1986)14)よって明らかにされている。この研究により、2歳児は「大きい」「小さい」という言葉を比較用語としてではなく、特定の大きさのカテゴリーを表す名義的な(nomimal)単語として捉えていることがわかる。
  大小比較概念の獲得に関して、大小の比較判断に関する課題は3歳児健診等に代表される幼児期前半の発達と障害の診断において有効なテスト項目として用いられている(原・篁・三石・山口,19932);黒田・加藤,19956);白石,198915))。また、田中ビネーV18)では、円や四角形などの大きさの比較判断課題が2歳級に用いられている(通過率2:00〜2:05…47.1%、2:06〜2:11…87.5%、3:00〜3:05…94.4%、3:06〜3:11…96.4%)。その理由として、大小の比較判断課題で検討される「大きさ」の関係概念が、子どもの初期言語発達において重要な位置を占めていること(黒田,2003)7)が挙げられる。
  関係概念の獲得に関して、森・北川・出野(1980)9)は、4〜6歳児を対象に空間的な量を表す語(大小、長短、高低など)を使用できる年齢を明らかにしている《大きい−小さい理解語として4歳児で90%以上、表現語として4歳児で75%以上》。
  その後、上記で定義した、表象を用いた大小比較判断が可能になることや、曖昧な概念は獲得されていくと予想されるが、物をイメージしながら大小比較をする「表象を用いた大小比較判断」や、1つの物に対してその大小を判断する「曖昧な概念」に関する類似した知見はみられない。
  また、大小比較概念を獲得した後の発達のなかに、U字型の発達曲線と呼ばれる状態が出現する。これは、発達の途中で現れた高い水準の遂行が、いったん消失し、そして再び徐々に現れる現象であり、概念、言語、認知、社会性などの様々な領域で見られる(清水,2002)12)。このU字型の発達曲線は、最初に高い水準の遂行が現れる第1位相、次にその遂行が消失する第2位相、最後にその遂行が再び現れる第3位相の3つの位相からなる(Staurass&Stavy,1982)16)。 U字型発達曲線が、図形の大きさの比較判断にも見られることを最初に示したのはMaratsos(1973)8)であり、その後、このような発達の様相に関する同様の結果は、繰り返し報告されてきた(Coley,J.D.,&Gelman,S.A.,19891);Harris,P.L.,Morris,J.E.,&Terwogt,M.M.,19863);長谷川,19834);Sena,M.,&Smith,L.B.,199013);高木,198317))。
  
  次に知的・発達障害児に関して、言葉の遅れは障害のなかでも最も目立ち、問題視されることの一つである。
  特に大小概念の獲得について、太田・永井(1992)11)は、他の発達障害児に比べ多くの自閉症児が困難を示すことを指摘している。また、黒田・井上・荒川(1993)5)は、養護学校に就学する時点で1語発話レベルにある自閉症児とダウン症児の認知と言語の発達を京都児童院式発達検査(K式発達検査)を用いて縦断的に比較検討し、自閉症はダウン症に比べ、言語性課題の中で「大小比較」等の関係概念の獲得に困難を示すことを報告している。
   では、上述した曖昧な概念や表象を用いた比較判断の獲得においては、大小概念の獲得と同様に、自閉症児はダウン症や他の発達障害児に比べ困難を示すのだろうか。
  教育現場や日常生活上において、知的・発達障害児は「大きい」「小さい」という言葉を明確な形や名詞的に使用することは可能でも、「もっと大きく(小さく)」などの社会的文脈の中で比較判断を要する言葉の指示が通らないことで困っていたり、ちぐはぐな行動をとっていたりする事例は少なくない(例えば、声の大きさの調節が苦手で、音量レベルを段階分けした図を用いて指導されているケース)。つまり、「大きい」「小さい」などを代表とする形容詞の概念を名詞的には理解できていても、本当の意味で獲得している児が少なく、このような困難さは自閉症児に限らず、知的・発達障害児全般にみられるのではないだろうか。
  また、臨床場面では、幼児期・学齢期の知的・発達障害児の行動の問題として、場面の切り替えの悪さが問題視されている。一方、本研究で取り上げるような思考の柔軟な切り替えについては、統合失調症や機能障害などを対象にして精神医学分野で扱われることが多く、知的・発達障害児を対象にして思考の切り替えについて扱われることは殆ど無い。
   しかし、学齢期の算数の四則演算の切り替えの悪さ(足し算を習得した後に引き算を学習すると足し算と引き算をうまく切り替えられない等)を例にとるように、知的・発達障害児の汎化・応用力の低さは学齢期でも問題となっており、これは認知機能の柔軟性の低さ(思考の柔軟性の低さ)によると考えられる。また、行動の切り替えの悪さも根底には思考の柔軟性が関係しているとも推測できる。
  このように、場面の切り替えだけでなく、思考の切り替えの悪さも知的・発達障害児の学習や発達において、問題視されてもいいはずだが、知的・発達障害児を対象にした認知機能の柔軟性に関する研究はみられない。
   以上の問題点を踏まえ本研究では、健常幼児に関して、大小に関する曖昧な概念や表象を用いた大小比較判断の獲得過程を明らかにする。
  また知的・発達障害児に関して、健常幼児の結果を元に、思考の柔軟性と表象を用いた大小比較判断や曖昧な概念の獲得との関連を検討し、知的・発達障害児への理解や支援につながる知見を見出すことを目的とする。
II.方法

<実験>
被験児:健常幼児CA3・4・5歳児(各年齢男女5名ずつ計30名 各年齢平均CA=3;04、4;04、5;06)
    知的・発達障害児27名(CA5歳〜11歳、MA2歳〜10歳)
手続き:東京学芸大学教育実践研究支援センタープレイルームにて課題(下記の(1)→(2)→(3)の順に)を個別に実施。実施時間は10分程度。
課題:(1)曖昧な概念課題 4種の大きさ(拡大縮小率:A160%,B130%,C100%,D70%)のリンゴの絵カードを用意し、まずCを見せ大きいか小さいかを尋ね、被験児が「大きい」と答えたらBを、「小さい」と答えたらDを、次に提示し同じ質問をする。最後にもう一度Cを見せ、また質問をし、その回答と様子を記録する。
(2)比較判断課題 リンゴ、ミカン、メロン、スイカ、イチゴ、それぞれの中から2つを選択し、口頭でどちらが大きいかを質問し、その根拠として児にそれぞれの果物の大きさを手で表現してもらう。次に、5種の果物の絵カード(全て同じ大きさ)を見せ、2つずつ同じように質問をする(実施順についてはTable1に記す)。以上の回答と様子を記録する。
(3)曖昧な概念課題 (1)を再度実施。
Table1.比較判断課題実施順

  どっちが大きい?
口 頭 1 メロン リンゴ
2 イチゴ ミカン
3 メロン イチゴ
4 ミカン スイカ
5 リンゴ イチゴ
絵カード 1 リンゴ メロン
2 ミカン イチゴ
3 イチゴ メロン
4 スイカ ミカン
5 イチゴ リンゴ

<質問紙調査>
調査対象:実験に協力してくれた健常児の母親29名/知的・発達障害児の母親24名
手続き:子どもの実験中に記入を依頼
質問項目:性格特性(こだわり)に関する質問8項目(ex.行動の切り替えが難しい、意固地だ)
III.結果

1.健常幼児実験課題検討
(1)曖昧な概念課題1回目/CAでの比較・検討
  課題の通過率の年齢別推移をFig1に記す。通過率は3歳児が最も高く、4・5歳児は3歳児よりも20%低く推移している。回答時の様子では、3歳児は大小概念の未獲得のために通過できない児がいたが、4・5歳児の不通過児は大小概念を十分に獲得しているのにも関わらず誤答しており、柔軟に回答を切り替えられなかったり、回答に時間がかかったりしていた。
Fig1.曖昧な概念課題 健常幼児CA別課題通過率推移
(2)比較判断課題/CAでの比較・検討
  課題の通過率の年齢別推移をFig2に記す。課題通過率は年齢に従って上がっており、各年齢間は1%水準で有意な差があった(χ2(2,30)= 20.00,p<.01)。
Fig2.比較判断課題 健常幼児CA別課題通過率推移
  また、10個の質問のうちどのくらい正答出来たかという正答率と年齢(月齢で計算)には1%水準で有意な相関がみられた(r=.671,p<.01)。
Fig3.CA(月齢)と比較判断課題正答率の散布図
  また、Fig4の質問形式別の正答率の推移をみると、4・5歳児では絵カードを用いた質問と口頭のみの質問では正答率は同程度だった。しかし、3歳児では、口頭のみの質問よりも絵カードを用いた質問の方が正答率が低かった。回答時の様子では、3歳児の不通過児は口頭・絵カードどちらでも不正解で、比較概念や果物のイメージが不十分なために誤答しており、4歳児の不通過児は絵カードがヒントとなったり、反対に絵カードがバイアスになってしまったりした児が多く、果物をイメージすることができるもののその表象に不安定さがみられた。
Fig4.比較判断課題 健常幼児CA別正答率推移(質問形式別)
(3)曖昧な概念課題の学習効果について
  比較判断課題を実施した前後の曖昧な概念課題の通過率を年齢別に比較する(Fig5)と、3歳児は比較判断課題を実施する前の課題1回目と2回目で達成率が20%減少した。4歳児は一回目と2回目では達成率に差が殆どなかった。5歳児は、1回目から2回目で25%下がった。
Fig5.比較判断課題 健常幼児CA別課題通過率推移
(4)曖昧な概念と比較判断の関係性について
  2種の課題の通過率の推移を年齢別にみると(Fig6)、3歳では比較判断課題の通過率は0%だが、曖昧な概念課題の通過率は他の年齢の児と比べて90%と最も高かった。一方5歳児は、比較判断課題の通過率は100%だったが、曖昧な概念課題の通過率は70%であり、比較判断課題の通過率が40%の4歳児と同じ値だった。
Fig6.曖昧な概念課題・比較判断課題 健常幼児CA別課題通過率推移
(5)質問紙(こだわりについて)について
  こだわりに関する質問紙調査ではこだわり得点の平均は2.43、標準偏差は1SD=0.63であり、2SD以上の児はいなかった。また、こだわり得点の合計と比較判断課題の正答率には有意な相関はみられなかった(r=-.488,n.s.)。

2.知的・発達障害児実験課題検討
(1)曖昧な概念課題/MAでの比較・検討
  曖昧な概念課題の精神年齢(MA)別課題通過率推移をFig7に記す。通過率は、MA2〜3歳では通過率は33%と低く、4歳で一旦85.7%まで上昇するが、5歳で57.1%に下降した。そして、6歳以上は通過率100%であった。
  回答時の様子では、MA2〜3歳の不通過児は大小概念の未獲得が誤答の原因とみられ、4・5歳の不通過児はどちらか決められなかったり、柔軟な切り替えができないために誤答していた。
Fig7.曖昧な概念課題 障害児MA別課題通過率推移
(2)比較判断課題/MAでの比較・検討
  比較判断課題の精神年齢(MA)別課題通過率推移をFig8に記す。通過率は年齢が上がるに従って上昇し、7歳以上で通過率は100%に到達している。また、MAと課題の正答率の相関(Fig9)は、1%水準で有意な相関であった(r=.657,p<.01)。
  また、回答の様子からでは2〜3歳児の不通過児は大小概念をまだ獲得しておらず、適当に回答し、4・5歳児の不通過児は健常幼児同様、絵カードがヒントとなったり、反対に絵カードがバイアスになってしまったりした児が多く、果物をイメージすることができるもののその表象に不安定さがみられた。
Fig8.比較判断課題 MA別課題通過率推移

Fig9.比較判断課題 MA(月齢)と正答率の散布図
(3)両課題個別検討
  被験児の内訳は、広汎性発達障害群(PDD群)、ダウン症群(DS群)、その他(注意欠陥/多動性症候群(ADHD)や軽度知的障害(軽度MR)等)である。この3群の障害種間の両課題の通過の程度を、同程度のCA・MAで個別に比較検討したところ、どのCA・MAでも障害種による通過の程度の差はみられなかった(知的・発達障害児の課題の結果一覧はTable2)。
  たとえば、比較判断課題に関して、CA・MAが同程度のPDD児16とADHD児24の児の結果の違いとDS児11とPDD児15の結果の違いを比較する。また、曖昧な概念課題に関しては、DS児7・10とPDD児13の結果の違いとPDD児15・16の結果の違いを比較する。
Table2.知的・発達障害児課題結果一覧

番号 CA MA IQ 障害種 曖昧な概念課題
1回目
比較判断課題 比較判断課題
正答率
1 9:06 2:06 26 ダウン症群 × × 50%
2 11:10 2:06 21 ダウン症群 × × 40%
3 6:05 2:07 40 ダウン症群 × × 0%
4 10:07 3:01 29 ダウン症群 × 40%
5 8:08 3:04 38 ダウン症群 × × 50%
6 11:03 3:06 38 ダウン症群 × 70%
7 11:06 4:03 37 ダウン症群 × × 40%
8 9:05 4:04 46 ダウン症群 × 90%
9 8:07 4:09 54 ダウン症群 × 60%
10 9:06 5:03 55 ダウン症群 × × 50%
11 9:10 5:08 58 ダウン症群 100%
12 5:04 4:05 83 PDD群 × 80%
13 9:00 4:07 51 PDD群 100%
14 5:03 4:11 94 PDD群 100%
15 7:06 5:08 76 PDD群 × 70%
16 5:00 5:10 117 PDD群 × 100%
17 9:03 6:00 65 PDD群 100%
18 11:02 6:00 54 PDD群 100%
19 5:07 6:01 109 PDD群 × 80%
20 9:08 6:04 64 PDD群 × 40%
21 8:09 6:08 76 PDD群 100%
22 9:03 10:04 112 PDD群 100%
23 5:05 4:10 89 その他(ADHD) 100%
24 5:10 5:05 93 その他(ADHD) × 30%
25 5:04 5:08 106 その他(ADHD) × × 70%
26 6:08 5:08 85 その他(軽度MR) 100%
27 7:00 7:06 107 その他(ADHD) 100%
(4)両課題と質問紙(こだわりについて)との関連
  質問紙によるこだわり得点が、健常児の平均得点の2SD以上の児をこだわり高群、2SD以下の児をこだわり低群とし、曖昧な概念課題(Table3)と比較判断課題(Table4)それぞれの通過・不通過をクロス集計表に分け、カイ二乗検定を行った結果、どちらも有意に差がみられた(χ2(1,24)= 4.59,p<.05)、(χ2(1,24)= 7.20,p<.01)。また、精神年齢の影響を排除するため偏相関(Fig10)を求めた結果、こだわり得点の合計と比較判断課題の正答率の間に負の相関がみられた(r=-.488,p<.05)。
Table3.曖昧な概念課題1回目の通過・不通過とこだわり得点高群・低群クロス表

  質問紙 合計
高群 低群
曖昧な概念課題
1回目
不通過 5 3 8
通過 3 13 16
合計 8 16 24


Table4.比較判断課題の通過・不通過とこだわり得点高群・低群クロス表

  質問紙 合計
高群 低群
比較判断課題 不通過 8 7 15
通過 0 9 9
合計 8 16 24


Fig10.比較判断課題正答率とこだわり得点の散布図
IV.考察
  健常幼児の曖昧な概念課題の通過率は年齢とは関係なく推移しているようにみえるが、これはU字形の発達曲線(Maratsos,1973)のためと考えられる。Maratsosなどの研究から、違う実験方法ではあるが、大小の比較概念の発達は2〜3歳で獲得され始めるが、5歳ごろに正確な判断が減少することが分かっている。これらの研究と同様に、曖昧な概念でも4・5歳で通過率が下降したのだろう。また、知的・発達障害児でもMA2〜3歳の正答率は低いが、MA4歳以降は、U字型のグラフになっており、健常幼児と同じ推移であった。MA2〜3歳は回答時の様子から、大小概念の未獲得が誤答の原因と考えられる。つまり、知的・発達障害児の曖昧な概念の獲得も健常幼児より遅れがみられるものの、同様にU字型に推移することが示唆される。
  5歳頃で一度獲得した正確な判断が減少してしまう理由として、幼児は生活経験から様々な知識を獲得しつつある頃であり、5歳頃で様々な知識によりいったん混乱してしまうからだと考えられる。それゆえに、4・5歳児の誤答パターンの判断の固さや慎重さに繋がったのではないだろうか。また、課題別に見て、比較判断課題前後で曖昧な概念課題の通過率が5歳児で最も下がったことも、比較判断課題によって知識が入ってしまい混乱してしまったためと考えられ、曖昧な概念にU字型発達曲線が関係していることが示唆される。以上のことを踏まえると曖昧な概念は単純に年齢に従って獲得されるわけではないことがわかった。

  健常幼児の比較判断課題の通過率は年齢に従って上昇し、CAと正答率に有意に強い正の相関がみられたことから、比較判断概念は加齢に伴って獲得されることが分かった。
  3歳児は通過率0%であったが、不通過児の回答の様子から、眼前ではなく表象を用いて比較判断することはこの時点ではまだ困難だと考えられる。
  また、比較判断課題を課題別にみると、正答率の低かった3歳児では手がかりとして用いたはずの絵カードを使用した方が正答率が低くなってしまった。実験時の被験児の様子として、絵カードの見た目の大きさに引っ張られてしまう(実験者が「本物が」と強調しても答えを変えない)などがみられた。以上のことから、3歳児では物の名前や手がかりだけでそれをイメージし、比較判断することは難しいということが示唆される。
  また、知的・発達障害児の場合も年齢が上がるに従って正答率が上昇しており、健常幼児と比べて遅れはあるものの、表象を用いた大小比較概念は年齢に従って獲得されることが示唆された。

  曖昧な概念と比較判断の関係性については、比較判断の獲得は加齢と正の相関があるのに対し、曖昧な概念の獲得はU字型に推移しており、単純に加齢に伴って獲得されるわけではなく、同じ大小に関する概念でも同じように獲得されるわけではないことが分かった。

  個別検討から、同程度のCA・MAで障害種別に比較検討したところ、両課題ともどのCA・MAでも障害種による通過の程度の差はみられなかった。よって、曖昧な概念や表象を用いた比較判断の獲得に障害種による影響は無い、または少ないと考えられる。
  両課題と質問紙(こだわりについて)との関連に関して、カイ二乗検定の結果、両課題とも有意にこだわり得点低群には課題不通過が少なく、高群には課題不通過が多かった。また、こだわり得点の合計と比較判断課題の正答率に有意に負の相関がみられたことから、つまり、こだわり得点が低かった児ほど曖昧な概念課題や比較判断課題をより通過することができ、こだわり得点が高かった児ほど両課題それぞれに通過することが難しかった。つまり、頑固さやこだわり、思考の固さ、不安が強い、過敏であるなどの個別の特性を強くもっている児ほど曖昧な概念や表象を用いた大小比較の獲得やそのパフォーマンスが阻害されると考えられる。


  総じて、曖昧な概念課題は比較判断課題を通過できない3歳児でも達成でき、反対に比較判断課題を完全に通過できる5歳児の方が通過率が低くなることから、曖昧な概念課題は比較判断概念が不十分でも出来る課題であり、3歳児ごろでも、物に対する自分なりの枠組みを持っていることが分かる。しかし、この枠組みは年齢に従って獲得される様々な知識によって一旦混乱し、その後、その枠組みはより確実ものとなり柔軟な切り替えもできるようになることが予想される。
  これらのことから、この曖昧な概念と比較判断概念はどちらも大小に関する概念だが、「2つの物に対してどちらが大きいのかの判断を求めること」と「1つの物に対してそれが大きいか小さいかの判断を求めること」では、求められる能力がやや違うのではないかということがいえるだろう。
  また知的・発達障害児に関して、黒田らの研究(黒田ら, 1992)では、ダウン症児よりも自閉症児の方が「大小比較」課題の通過率が低く、自閉症児に大小比較概念の獲得に遅れがみられることが示唆されているが、この研究の対象児は養護学校在籍児童であり、知的な遅れが大きいことが予想される。このことから、大きく知的に遅れがある児童たちの中で、特に自閉症児は大小比較概念の獲得に遅れがみられることが明らかにされているのだろう。しかし、本研究では知的な遅れがある発達障害児だけを対象としているわけではなく、また、知的な遅れがある児のみに注目して障害種別に比較することは被験児数が少ないことから信頼できる結果が得られず不可能である。本研究では、より広いMAやIQの範囲でみると、発達障害児全体としてMA3歳以下では、知的な遅れにより大小概念の未獲得、表象機能(シンボル機能)の不安定さにより曖昧な概念課題・比較判断課題の通過ができない児が多いと考えられる。またMA4・5歳以上では、知的には大小概念や大小比較概念は獲得されていると考えられるが、頑固さやこだわり、思考の固さ、不安が強い、過敏であるなどの個別の特性を強くもっている児は、2つの課題の通過が難しくなることが考えられる。思考の固さやこだわりから、1つの物に対して自分なりの枠組みを持ってその大小を判断することや、次々に大きさが変わる物に対して柔軟に思考を切り替えて答えることが困難になるのだろう。また、知的には大小比較概念は獲得しているが、表象機能の不安定さや思考の固さから、絵カードの見た目の大きさに惑わされ表象機能をうまく用いて大小比較ができないことや「大きい」「小さい」という言葉を比較用語として柔軟に用いることが困難になることが予想される(ここでの比較用語として柔軟に用いるとは、課題ではメロンとリンゴを比較するとメロンは「大きい」リンゴは「小さい」とラベリングされるが、次にリンゴとイチゴを比較するとリンゴは「大きい」とラベリングされるため柔軟な判断が必要になる。このように大小を可変的に用いることである)。
  つまり、障害特性としてPDD児が曖昧な概念や表象を用いた比較判断概念の獲得に困難なのではなく、個別の特徴がこの概念獲得や応答性(概念を獲得していてもその概念を用いて答えることが出来るか)に影響すると考えられる。

文献
  1. Coley, J. D., & Gelman, S. A.(1989):The effects of object orientation and object type on children’s interpretation of the big.Children Development,60,372-380.
  2. 原仁・篁倫子・三石知佐子・山口規容子(1993):就学前に学習障害を予測する発達指標.小児の精神と神経,33,133-142.
  3. Harris, P. L., Morris,J. E.,& Terwogt,M. M.(1986):The early acquisition of spatial adjectives: A cross-linguistic study.Journal of Children Language,13,335-352.
  4. 長谷川節(1983):空間的な拡がりを表す語の意味発達−次元性について−.大阪樟蔭女子大学児童学研究,14,77-87.
  5. 黒田吉孝・井上悦子・荒川順子(1993):養護学校就学時点において1語発話レベルにある自閉症児の言語機能と認知機能の発達と障害の縦断的研究.障害者問題研究,72,368-376.
  6. 黒田吉孝・加藤幸彦(1995):幼児期前半の自閉症児に対する発達テストの安定性と予測性の検討.特殊教育学研究,33(3),39-45.
  7. 黒田吉孝(2003):自閉症児の大小比較概念獲得における具体的「対」概念と抽象的「対」概念との関係.特殊教育学研究,41(1),15-24.
  8. Maratsos, M. P.(1973):Decrease in the understanding of the word “big” in preschool children.Child Development,44,747-752.
  9. 森一夫・北川治・出野務(1980):幼児における空間的な量を表す言語に関する発達的研究.教育心理学研究,28(4),265-274.
  10. 大久保愛(1967):語彙の発達.大久保愛,幼児言語の発達.東京堂出版,pp.50-59.
  11. 太田昌孝・永井洋子(1992):自閉症の認知発達とその障害.太田昌孝・永井洋子編,自閉症治療の到達点.日本文化科学社,pp.67-81.
  12. 清水益治(2002):図形の大きさの比較判断とU字型の発達曲線.清水益治,図形の大きさの比較判断に関する発達的研究.風間書房,pp1-10.
  13. Sena, M., & Smith, L. B.(1990):New evidence on the development of the word big. Children Development,61,1084-1052.
  14. Sera, M., & Smith, L.B.(1986):Big and little: “Normal” and relative uses.Cognitive Development,2,89-111.
  15. 白石恵理子(1989):二歳.荒木穂積・白石正久編,発達診断と障害児教育.青木書店,113-140.
  16. Staurass, S., & Stavy, R.(1982):U-shaped behavioral growth: Implications for theories of development. In W. W. Hartup (Ed.).Review of child development research: Vol. 6. Prepared under the auspices of the Society for Research in Child Development,Chicago: Univ. of Chicago Press,547-599.
  17. 高木和子(1983):子どもの発達と注意.心理学評論,26,229-244.
  18. 田中教育研究所編(2003):付表・構造と合格率,田中ビネー知能検査V理論マニュアル.田研出版,pp.92-96



ご意見はこちらへ